直感に従うことと、無理やり行動することは違った

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何かをしたいと思ったとき、すぐに行動したほうがいい。
ワクワクすることがあったら、それに従って行動しよう。
そんな話を聞いたことありませんか?

私も、自分の望みを大切にしたいと思うようになってから、
思いついたことを行動に移すことについて考えるようになりました。
でも、いざ実践しようとすると、少し難しく感じることがありました。

何かやりたいことを見つけなければ。
ワクワクしたら、すぐに行動しなければ。

せっかく何かを思いついても、行動しなかったら意味がないんじゃないか。
そんなふうに考えてしまうんです。

本当は、自然に生まれた望みを大切にしたいだけなのに、気
づけば「行動しなければいけない」という別の課題が生まれていました。

でも、最近になって、ひとつ気づいたことがあります。
自分の望みに従って行動することと、行動しなければいけないと思って自分を動かすことは、
同じではないのかもしれません。

ワクワクすることを、行動の義務にしていた

エイブラハムの教えに触れていると、自分が望むことに意識を向け、
インスピレーションに従って行動するという考え方が出てきます。

自分が望む方向に意識を向けていると、自然と何かをしたくなる。
ふと、これをやってみようと思う。
なんとなく、こっちに行ってみたいと感じる。
そんな流れの中で、行動が生まれてくるという考え方です。

でも、以前の私は、これを実践しようとすると、少し違う受け取り方をしていたのかもしれません。
ワクワクすることを考えよう。
何かやりたいことを見つけよう。
そして、思いついたらすぐ行動しよう。

そうやって、ひとつひとつを、
自分が頑張って実行しなければいけないことのように考えていました。

でも、そうすると、今度は何も思いつかないときに困ってしまいます。
今日は何をしたいんだろう。
何かワクワクすることはないかな。
せっかく時間があるのだから、何かしたほうがいいんじゃないか。

そんなふうに、何かをしたいという気持ちが自然に生まれるのを待つよりも、
何かを見つけようとすることに意識が向いてしまう。
そして、思いついたことがあっても、すぐに行動できなければ、また自分を責めてしまう。
これでは、望みを大切にするために、かえって自分を追い立てているようなものです。

でも、よく考えてみると、私は普段、何かをするときに、
いつも意識して望みを探したり、行動するタイミングを考えたりしているわけではありませんでした。

自然に行動しているときもあった

たとえば、家に帰ったら、あれを食べようと思う。
好きな漫画の続きを読みたいと思う。
楽しみにしていることがあって、そのために何を着ていこうか、どうやって出かけようかと考える。

そんなとき、私は「望みに従って行動しなければ」と考えているわけではありません。
ただ、そうしたいから、自然と次のことを考えています。

食べたいものがあれば、買いに行こうと思う。
漫画が読みたければ、本棚から取り出す。
出かける予定があれば、着ていく服を選び始める。

行動しようと努力しているというより、やりたいことがあるから、
自然と行動につながっているんですよね。
もちろん、いつでも思ったとおりに動けるわけではありません。
時間の都合もあるし、ほかにやらなければいけないこともあります。

それでも、何かをしたいという気持ちが生まれたとき、
行動は必ずしも大きな決意から始まるわけではないのだと思います。
ふと気になったから、調べてみる。
なんとなく食べたくなったから、買いに行く。
やってみたいと思ったから、少し試してみる。
そうした小さな行動も、自然な望みから生まれているものなのかもしれません。

そう考えると、エイブラハムのいうインスピレーションに基づく行動も、
何か特別な直感を受け取って、すぐに大きな行動を起こすことだけではないように感じられます。

行動することを、特別なものにしなくてもいい

私はこれまで、行動するということを、
何か大きな決断をすることのように考えていたところがありました。

自分の望みが分かったら、実際に動かなければいけない。
やりたいことがあるなら、すぐに始めなければいけない。
そうしなければ、いつまでも現実は変わらない。

もちろん、何かを実現するために行動が必要になることはあります。

でも、行動というのは、いつも大きな決意を伴うものなのでしょうか?
何かを調べてみる。
少しだけ試してみる。
気になったことについて、もう少し考えてみる。
誰かに連絡してみる。
そうしたことも、行動です。

しかも、最初から大きな望みがはっきりしていなくても、
ちょっと気になるという感覚から始まることもあります。
小さな興味があって、少し触れてみる。
実際にやってみたことで、もっと好きになることもあれば、思っていたのとは違うと感じることもある。

そこから、次の望みが生まれることもあります。
前の記事で、望みはひとつ叶えたら終わりではなく、経
験を通して次の望みへとつながっていくのではないか、と書きました。
そう考えると、行動もまた、何かひとつのゴールに向かって一直線に進むものではなく、
そのときの自分の興味や感覚に応じて生まれてくるものなのかもしれません。

ただ、ここで気をつけたいことがあります。
それは、「自然に行動する」という考え方さえ、頑張って実践しようとしてしまうことです。

「すぐに行動しなければ」も、ひとつの思考だった

何かを思いついたら、すぐに行動する。
そうしたほうがいいと聞くと、
今度は、それが新しいルールになることがあります。
思いついたのに行動しなかった。
チャンスを逃してしまったかもしれない。
もっと早く動けばよかった。

そんなふうに、行動できなかった自分を責めてしまう。
でも、少し考えてみると、「すぐに行動しなければ」という考えも、
自分の中に浮かんできた思考のひとつです。
自分が本当にやってみたいと思っていることと、
今すぐ行動しなければいけないと思っていることは、必ずしも同じではありません。

やってみたいけれど、今は疲れている。
興味はあるけれど、もう少し調べたい。
今は別のことをしていたい。
そんな状態のときもあると思います。

だからといって、望みがなくなったわけではありません。
少し時間を置いたら、自然とやってみたくなることもあるでしょう。
考えてみた結果、今はやらないと決めることもあるかもしれません。
もちろん、期限のあることや、実現するために自分で予定を立てる必要があることもあります。

でも、すべての望みについて、思いついた瞬間に行動しなければいけないわけではないんですよね。
自分の望みを大切にするために、自分を追い立てる必要はない。
行動することそのものを、新しい義務にしなくてもいいのだと思います。

では、行動したいのか、それとも行動しなければいけないと思っているのか。
そんなとき、私はもう一度、自分に聞いてみてもいいのかもしれません。

「私はどうしたい?」から、行動が生まれる

何かをしたいと思ったとき。
あるいは、何かをしなければいけないような気がしたとき。

そんなとき、もう一度、自分に聞いてみる。
「私はどうしたい?」
本当にやってみたいのか。
今は休みたいのか。
もう少し考えたいのか。

何かをしたいという気持ちがあるなら、その気持ちを認めてみる。
でも、今すぐ行動することがしっくりこないなら、無理に自分を動かそうとしなくてもいい。

そして、実際に行動したくなったときには、そのときの自分の感覚を大切にしてみる。
何かをやってみたいという気持ちが生まれたら、小さく始めてみる。
やってみて楽しかったら、もう少し続けてみる。
違うと感じたら、そこでやめてもいい。

そうやって、自分の感覚を確かめながら進んでいくこともできます。
行動することだけが、自分の望みを大切にする方法ではありません。
休むことも、考えることも、今は何もしないことも、自分の状態を受け取ったうえで選んでいるなら、大切な選択になり得ます。

そして、行動を選ぶときにも、すべての不安がなくなっている必要はありません。
少し怖いけれど、やってみたい。
まだ分からないけれど、気になる。

そんな気持ちがあるなら、その感覚を頼りに、小さく進んでみることもできます。
大切なのは、行動できる自分になることを、新しい目標にしてしまわないことなのかもしれません。

まとめ|行動は、無理やり起こすものではなく、自然に生まれることもある

エイブラハムの教えに触れるなかで、私は、望みに意識を向けることや、
インスピレーションに従って行動することについて考えるようになりました。

でも、実践しようとするうちに、ワクワクすることを探さなければ、
思いついたらすぐに行動しなければ、と考えてしまうこともありました。

望みを大切にしたいはずなのに、いつの間にか、自分に行動を求めていたんです。

でも、普段の自分を振り返ると、やりたいことがあるから自然と動いていることもあります。
好きなものを食べたいから、買いに行く。
気になることがあるから、調べてみる。
やってみたいから、少し試してみる。

そこに、特別な努力や大きな決意が必要なわけではありません。
もちろん、何かを実現するために、意識して行動することも大切です。
でも、行動することを義務にしてしまったら、また自分の気持ちを置き去りにしてしまうかもしれません。

だから、まずは自分の望みを受け取ってみる。
そして、どうしたいのかを聞いてみる。
自然にやってみたくなったら、行動してみる。

まだその気持ちがなければ、今の自分の状態も大切にする。

そうやって、自分の望みとともに進んでいくこともできるのだと思います。
望みに従うことは、自分を無理やり動かすことではない。
自分の中から生まれる「やってみたい」を、行動につなげていくことなのかもしれません。

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