「自分軸を持とう」と言われても、
どうしていいか分からなかった

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「自分軸を持とう」
そんな言葉を、何度も目にしたことがありました。
他人に振り回されず、自分の気持ちを大切にして、自分らしく生きる。そうできたらいいな、とは思う。
でも、いざ自分軸を持とうと思っても、何をどうすればいいのか分からなかったんです。

自分軸って、どうやったら持てるんだろう?
そもそも、自分軸がある人とない人の違いって何なんだろう?そんなことを考えていました。

「自分軸を持つ」って、具体的にどういうこと?

自分軸について調べてみると、いろいろな説明が出てきます。
自分の価値観を大切にすること。
他人の意見に流されないこと。
自分の意見を持つこと。
人と比べないこと。

どれも、言っていることは分かります。
でも、分かることと、実際にできることは違うんですよね。

自分の価値観を大切にするといっても、自分の価値観が何なのか、よく分からない。
他人に流されないといっても、人の意見を聞けば気持ちが揺れることもある。
自分の意見を持とうとしても、そもそも自分がどうしたいのか分からない。
結局、「自分軸を持とう」と思うほど、自分軸を持てていない自分を意識するようになっていました。

そして、私はいつの間にか、自分軸を持つということを、何か特別な能力を身につけることのように考えていたのかもしれません。

自分軸がある人は、もっと強い人だと思っていた

私の中では、自分軸がある人というのは、他人に何を言われても動じず、自分の考えをしっかり持っている人でした。
周りがどう思おうと、自分の意見を貫ける。
人の言葉に振り回されず、自分の選択に自信を持っている。
そんな人を想像していたんです。

だから、自分の気持ちが揺れたり、人の意見が気になったりすると、やっぱり私は自分軸がないんだな、と思っていました。
もっと自分の考えをしっかり持たなきゃ。
人の意見に左右されないようにならなきゃ。
そうやって、自分を変えようとしていたんですよね。
でも、今振り返ると、ここには少し違うものが混ざっていたように思います。

それは、自分の軸を持つことと、他人の影響を受けなくなることを、同じものとして考えていたことでした。

人の意見を聞くことと、人に決めてもらうことは違う

人の意見を聞けば、なるほどと思うこともあります。
自分では思いつかなかった考えに気づくこともあるし、誰かの言葉に心を動かされることもあります。
だからといって、それが自分軸を失っているということにはならないんですよね。

人の意見を聞くことと、その人に自分の選択を決めてもらうことは違う。
相手の話を聞いたあとで、自分はどう感じるのか。
その考えがしっくりくるのか。
自分もそうしたいと思うのか。
それとも、何か違うと感じるのか。
そこに、自分の感覚がある。

今までの私は、人の意見を聞いたとき、自分がどう感じているかよりも、どちらが正しいのかを考えていたのかもしれません。
相手の言っていることが正しそうなら、そちらを選ぶ。
自分の考えに自信がなければ、誰かに答えを求める。
そうしているうちに、自分がどう感じているのかを確かめることが、後回しになっていたように思います。

では、自分の感覚を大切にするというのは、いつもはっきりした意見を持つことなのでしょうか。

分からない、という気持ちも自分の感覚だった

自分軸を持とうと思うと、自分の意見をはっきりさせなければいけないような気がしていました。
でも、実際には、どうしたいのか分からないことだってあります。

今は決められない。
なんとなく嫌だ。
理由は分からないけれど、こっちが好き。
ちょっと気になるけれど、まだよく分からない。
そんな曖昧な感覚もあります。

以前の私は、こういう気持ちをあまり大切にしていませんでした。
理由を説明できなければ、判断材料にならない。
自分でもよく分からないなら、もっと考えなければいけない。
そんなふうに思っていたんです。

でも、よく考えてみると、はっきり分からないことと、何も感じていないことは違います。
「なんとなく好き」という感覚があるなら、少なくとも今の自分は、それを好きだと感じている。
その理由が分からなくても、その感覚まで否定する必要はなかったんですよね。
自分軸を持つというのは、いつでも明確な答えを持っていることではないのかもしれません。

そう考えると、自分軸を持つために必要なのは、自分の考えを強くすることよりも、もっと別のことなのではないかと思うようになりました。

自分軸を持つことは、自分を置き去りにしないこと

自分の気持ちが分からないとき、すぐに答えを出そうとしなくてもいい。
人の意見を聞いて迷ったときも、無理にどちらかを選ばなくてもいい。
「私はどう感じているんだろう?」
そうやって、自分に意識を戻してみる。

好きなのか、嫌なのか。
やってみたいのか、気が進まないのか。
今は分からないのか。
どんな答えであっても、まずは自分の中にあるものとして受け取ってみる。

そして、気持ちが変わったら、変わった自分の感覚をまた確かめればいい。
一度決めたことを変えてはいけないわけでもありません。
以前は好きだったけれど、今は違うと感じることもある。
そのときの自分にとって、しっくりくるものは変わっていくこともあるからです。
自分軸という言葉から想像していたのは、何があっても揺るがない、強くて確かな自分でした。
でも、本当に大切なのは、揺れないことではなかったのかもしれません。
揺れたときに、自分がどう感じているのかを確かめること。
分からなくなったときに、自分の感覚を置き去りにしないこと。
自分軸を持つというのは、自分を置き去りにしないこと。
今は、そんなふうに感じています。

そして、自分の感覚を大切にすることは、外側の情報を遮断することでも、誰の意見も聞かなくなることでもありません。

外側の答えを、自分の答えにしなくてもいい

私たちは日々、いろいろな情報に触れています。
誰かの意見を聞いたり、何かを学んだり、こうしたほうがいいというアドバイスを受けたり。
そうした情報が、自分の気づきにつながることもあります。

だから、外側から情報を受け取ること自体が悪いわけではありません。
ただ、その情報を受け取ったとき、自分がどう感じているのかを忘れないこと。

誰かが「これが正しい」と言っている。
でも、私はどう感じるんだろう?
誰かが「こうしたほうがいい」と言っている。
でも、私は本当にそうしたいんだろうか?
そんなふうに、自分に問いかけることはできます。

すぐに答えが出なくてもいい。
今は分からないという答えでもいい。
外側から答えをもらうことだけが、自分を知る方法ではないんですよね。
自分の中にある感覚に目を向けることも、自分を知るための大切な手がかりになるのだと思います。

まとめ|自分軸は、自分を置き去りにしないこと

「自分軸を持とう」と言われても、以前の私には、具体的にどうすればいいのか分かりませんでした。
他人に流されないように。
自分の意見をしっかり持てるように。
人の目を気にしないように。
そうやって、自分を変えようとしていました。

でも、自分軸を持つことは、いつも強くいることでも、他人の影響を受けなくなることでもなかったのかもしれません。
人の意見を聞いてもいい。
迷ってもいい。
自分の気持ちが分からないときがあってもいい。

そのうえで、「私はどう感じているんだろう?」「私はどうしたいんだろう?」と、自分に意識を戻してみる。
そして、自分の中にある感覚を、すぐに否定せずに受け取ってみる。
それが、自分軸を育てていくことにつながるのかもしれません。

自分軸を持つために、特別な自分になる必要はない。
自分の気持ちを置き去りにせず、自分と一緒に生きていく。
今は、そんなふうに思っています。

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